村落別の民俗資源

具志頭 玻名城 安里 与座 仲座 新城 港川

1.与座(よざ)村落略史

具志頭間切の南西部に位置し、東は安里村、北は仲座村と接する。
「絵図郷村帳」に「上村」とみえ、これは与座村の別称だといわれる。「琉球国由来記」など一八世紀以降の文書には「与座村」あるいは「與座村」とみえる。グスク時代の遺跡でもある与座之殿(ユザヌトゥン)では、具志頭ノロを祭主として稲穂祭がおこなわれていた(「琉球国由来記」)。
与座之殿は、現在でも村落祭祀の際の拝所である。集落に面する海岸台地崖下の湧泉ウフガー(別名世持井(ユムチガー))は、「琉球国惣絵図(間切集成図)」にも記されている。この湧泉は、水量が多く、農業用水・生活用水として仲座の人々と共有してきた。
明治期の与座村の世帯数・人口は、明治一三年(一八八〇)に三三戸、一六九人(「沖縄県統計概表」「沖縄県史二〇」)。同三六年、士族四戸、二三人、平民三三戸、一七七人、合計三七戸、二〇〇人(「区間切島本籍人員族称別及棄児」[沖縄県史二〇])。同三六年の民有地は五六町二反余、うち畑三〇町九反。郡村宅地は二町八反余(「沖縄県史二〇」)。
「沖縄縣島尻郡具志頭村 内註記調書」(大正八年六月)では、与座村内は、村屋敷(むらやしき)(三十五戸、一八二人)という一つの部落がみえる。
昭和二一年(一九四六)六月、与座と仲座が合併して富座(ふざ)と称されたが、翌年には再び分離し、富座の名は消えた(「地方自治7周年記念誌」、「具志頭村史第四巻」)。
与座は具志頭間切の中で最も小さな村であり、冠婚葬祭は村全体が協力して行なっている。

2.村落祭祀

部落がおこなう年中行事
与座部落でおこなう年中行事として、旧暦(以下日付は特にことわりのないものは旧暦)三月三日の浜下り、三月十八日あたりにおこなうサンガチウガン、八月十五日の十五夜ウガン、九月十八日後のクンガチウガン、十二月八日のムーチーウガンなどがある。
門中行事との重なりがあるため、たとえばサンガチウガンやクンガチウガンなどは、門中のウガンとは別の日に部落で日を決めておこなっている。
三月三日の浜下りは部落全員が参加する行事だが、現在では仕事や学校の問題、また浜に降りる道が険しくお年よりには体力的な問題があるため、参加できない人も多い。
朝十時ごろ与座の浜(ユザヌハマ)に降りて竜宮に向かってお祈りをささげ(これは男性がする)、浜で一日中お祝いごとをする。今まで日を変更したことはない。三月十八日は門中がおこなうサンガチウガンがあるが、最近では近い日曜日にやるようになっている。
部落でやるサンガチウガンは部落で日取りを決めておこなう。部落はユザントゥンとニーヤでお祈りをする。八月の十五夜ウガンは十五夜の日におこなわれ、与座は部落が小さいため十五夜の村芝居等はなく、その代わりに嶽々を拝む。拝むところはユザントゥン、ニーヤであり、また部落の4ヶ所(ユッチンバ)でお祈りをささげる。九月のクンガチウガンは、門中がやるウガンは十八日である。これは日を変更することはないという。別の日に部落のウガンがある。ユザントゥンとニーヤを拝む。またこのクンガチウガンは各家庭でも別に拝みがあり、各家庭はグンジンさまだけを拝む。最後に十二月のムーチーウガンがある。これは男性が部落の4ヶ所(ユッチンバ)でお札を立てて厄払い(魔除け)のお祈りをする。それからユザントゥンとニーヤでも拝みをする。
与座門中について
与座部落の門中で、現在200人余るという。
七腹に数えられている門中のひとつ。ユザアラカチ(与座新垣)と呼ばれたり、ヨザウッチバラ(与座掟腹)と呼ばれたりもする。
これは先祖に新垣掟親雲上(アラカチウッチペーチン)という掟、つまり役人を輩出したことに由来する。
また現在のムートゥヤの屋号をとって東江(アガリー)門中とも呼ばれる。与座門中のムートゥヤは仲座にあるアガリーであり、また与座にナカムトゥであるカミヤ(ユザアラカチ)があり、三男バラといわれるアザナーがある。
以下、与座部落で門中の行事の中心的な役割を果たしている安里ハルさんからの聞き取り(2002年3月3日と4月27日に採録)によって与座部落の年中行事を旧正月から順に記録する。
これには部落の行事、門中の行事、各家庭の行事も含めて記録する。

また参照のために「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学小熊ゼミ、2002年)からの引用を、随所に収録した。
旧正月

若水(ワカミジ)、ウビナディー、ミジナディー
2日にワカミジ(若水)の行事がる。ウビナディーともミジナディーともいっている。これは門中でおこなう行事である。与座ウッチバルの門中は200人余るが、門中での予算を組み立てる会計がおり、正月には500円ずつ徴収している。予算の徴収が済むとワカミジの行事となる。行くのは若い人たち10人くらいだという。ギージャバンタに行って、最初は竜宮に向かって(海に向かって)拝みをする。それからギージャ川を拝んで、あっちこっちの川を拝む。この川(カー)は順にギージャがー、ユームチガー、ソーヌガー、タキンチャガー、ヤフガー、シムガー、多々名城の下にあるンジャガーである。ガーは川の意。ここでお祈りをし、若水を汲む。

グショーの正月
16日は各家庭から重箱を作ってお墓に行き、あの世のお正月を祝う。戦前は、この1年間に大人の人が亡くなっていたら四角いトーロを作り、子供だったら子ドーログヮという丸いものにヒラヒラとリボンみたいなものを墓の前に下げて、そこにローソクを付けてともしていた。戦後はこんなことはしなくなって、ただ重箱作って、今日はグショーのお正月「16日ヤイビークトゥ」といってささげる。重箱は各家庭でつくるが、門中からも重箱がでる。

正月二日はお水撫で(ウビナディ)、つまり若水取りを行う。正月二日の午後二時頃に、ムートゥヤーに集まる。現在、ムートゥヤーである東江の屋敷には誰も住んでいないが、行事の際には帰ってきて屋敷を開ける。ムートゥが移る前は、長男腹の屋敷に集まっていた。また、正月にはンジディメーという、門中の行事のための費用を徴収する。現在は1人500円を徴収している。ンジディメーの徴収が終わると、若水汲みにでかける。家にはンジディメーの会計役の人と長老達の数人が残る。めぐる井は、最初に仲座のギージャーガー、ここは井と竜宮の二か所を拝む。竜宮はギージャバンタから海に向かって拝む。二番目は与座のユームチガー。三番目は玻名城のショウヌガー。四番目は具志頭のタキンチャガー。五番目は具志頭のヤフガー、ここはイチバンヤフガーとニバンヤフガーの二か所拝む。六番目は具志頭シムガー。七番目には具志頭のンジャガー。以上七つの井をまわって拝み、若水をとる。若水取りにはビンシーを持つので、花米とお酒それに線香を持っていく。拝む際には白紙を敷いて、その上に線香2ヒラで12本、これを3カサビおく。この際、線香には火はつけない。とってきた若水は、東江と長男腹の両方の神屋にお供えして門中の健康をいのる。

参照:「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

旧2月

ニンガチウマチー
2月15日にニンガチウマチーがある。仲座にあるムートゥヤに行って拝む(ウートウトウする)。昔からニンガチウマチーにはムトゥからご馳走を作ってクデイングァ(そこに集まるカミンチュ)にご馳走を食べさせていた。これはムートゥヤのティデーといわれていた。でももう今はない。だからもうクディングァも行かない。クディングァと呼ばれる人は一人、二人はいるけど、何もかもの行事はおもに安里ハルさんがやっている。

ニンガチヒンガン
2月にはヒンガン(ニンガチヒンガン)もある。彼岸入り(2月5日)から3日目くらいに「ニンガチヒンガンだから彼岸をやりなさい」という放送が部落からある。この日にちも部落が決める。各家庭でおこなう、元々豊作願いだった。ニンガチヒンガンには、普通の家庭ではお皿でお供えをしている、重箱を作ってお供えをする家庭もある。

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

 正月の次は二月ウマチーを十年ほど前までは行っていた。旧暦の二月十五日に、神人がムートゥヤーに集まって、仏壇と神屋でお祈りをする。その後、ムートゥヤーから食事が出される。この食事は、ムートゥヤーからのもてなしであり、費用はムートゥヤーの負担となる。これをムートゥヌティデーといっている。ティデーとはもてなし、おごりといった意味である。ムートゥヤーのおばあさんが、年をとって応対が大変になってきたのでやらなくなってきて、さらにムートゥヤーの人達が首里に移っていったので現在は行っていない。

旧3月
サンガツサンニチ(浜下り
サンガツサンニチ(3月3日)にはこの与座部落は、去年おととしあたりまでは、重箱を作って部落全員で浜下りをして、浜で竜宮にお祈りをしていた。
今は重箱を作らなくなったが浜下りは部落の参加できる人たち全員でやっている。
「チューや3月3日のハマオリヤイビン、ユザの部落の人がみんな今年一か年健康であるように」と浜で男の人がお祈りをする。
そしてその日は、前日に仕掛けておいた網で魚をとったり、もぐりをして突いた魚で刺身や汁にして食べる。浜でその魚をさばく。以前は浜での遊びに三味線も持っていったが、最近はもう三味線は持って行かない。
イミヤ(忌家)のところだけは行かない。


サンガチウガン
三月ウガンは、門中は18日と決まっており、以前は雨が降ろうが風が吹こうが18日にやっていた。だけど今は近い日曜日にやるようになった。
部落でも三月ウガンはあるが、何日にやるのか定まっていない、部落で決める。
三月ウガンもクンガチウガンも嶽々を拝む。アガリーからうさげて、こっちのカミヤー(ユザアラカチ)うさげて、アザナーうさげて、改善センターの下のハナグシクのトゥンもうさげて、タダナグシク(多々名城)うさげて、そしてウィーグスク(上城)うさげて、ユザントゥンにくる。10ヶ所ばかり拝む。上城に行くのは三月と九月。

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

与座門中の3月ウガンは、旧の三月十八日に行われる。
門中の人びとの健康、繁栄を祈る。重箱にお供え物をもって拝所をまわる。お供え物は、コンペンとトウフである。
ウタキにはコンペンを持っていくのが習わしだそうだ。また餅は、お墓のお供え物とされ、ウタキには供えないということである。
三月ウガンにもビンシーとお香を持っていくが、ここでも線香に火はつけない。ウタキでは火はつけないとのことであった。
まわる拝所は上城、与座のトゥン、玻名城のトゥン、多々名グスクの4か所をまわる。上城では、まず竜宮と今帰仁ウトーシと上城の神の3か所を拝む。与座のトゥンでは、クバのウタキ、クバガー、クバジンサマと呼ばれる石像があった祠、それにもう一つ他のカーがあり、それら4か所を拝む。
その次に玻名城のトゥンであるが、ここではクディングァの玻名城のトゥンウカミがいるので、その人が中心になって拝むそうである。最後に多々名グスクを拝んで終わり。

旧4月

シーミー(清明)
シーミー(清明)の日は村で決めるが、旧3月にやるときもある。今年は旧3月2日にやった。シーミーは部落から放送があったらお墓に行ってウートウトウする。浜下りは3月3日で決まっているから清明を2日にやって、清明のウサンデーを浜に持っていく。

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

4月には清明際がある。餅重箱をもって七腹アジシー、ヌルバカ、与座ヌシー、マーガジャーのアジシーなど古いお墓を拝む。ヌルバカは、長男腹のカミヤーにあるノロウコールのノロで、親子でお墓にまつられているそうだ。与座ヌシーは、与座の集落を作った人々の墓とされている。マーガジャーヌアジシーは玻名城にあり、按司の墓とされる古墓である。二つ香炉があったそうだが、一つは具志頭の新垣という門中が持っていったとのことだ。これらの古い祖先の墓を拝んだ後、自分達の墓を拝む。

旧5月

グンガチウマチー
5月15日にグンガチウマチーがある。これは門中でやるウガンである。グンガチウマチーの日にまわるウタキはユザントゥンの4か所(ユザントゥン、グンジンの神、クバダキ、マシウッチのカーとその周囲にあるカー)とタダナグシク(多々名城)、ハナグシクのトゥン、タマグシクのナケーマ(仲栄真)のグシクなどである。門中にはヌチガシラがおり(与座から1人仲座から1人の計2名)、その一か月の行事はその人が担当することになっている。その日は午前11時にタマグシクのナケーマに行ってお祈りを済ませる。行くのはヌチガシラ2人と安里ハルさんの計3人。残りの人たちはハナグシクのトゥンとタダナグシクに車4,5台で行く。お昼を食べてから、午後3時にまた集まってユザントゥンに行く。このように15日は忙しいので、13日にンチャメー会(ンチャメーウガン)をする。

ンチャメーウガン
ウチャメーウガンは13日午後4時ごろムートゥヤに集まって、そこにクディングァが来たらクディングァと拝むけど、クディングァがこない場合はウコールバン(アジダナ)を拝む(ウートウトウする)。各家庭から一人ないし二人出席する。人数がいっぱいになるので、このウフザには入りきらず、縁側だしてナカメーまで入る。「クディングァとは別に、祭祀の準備や料理の手配、墓掃除等のセッティングを行うヌチャーと呼ばれる役割がある。ヌチガシラとも呼ばれる。2つの家から1人ずつだして2人で仕事にあたる。決め方は戦前から使っている帳簿に順番が記されているのでそれに沿って割り当てているそうだ。」(「具志頭村調査報告書」沖縄国際大学小熊ゼミ、2002年より)

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

 五月ウマチーは、ヌチャメーウガンとウフウマチーを拝む。旧五月十三日にヌチャメーウガンといって、門中の男の人がクディングァを拝む。その際にクディングァは男の人みんなとサクを交わしたそうだ。現在はクディングァが参加しないので、香炉だけを拝む。旧十五日にはウフウマチーといって玻名城のトゥンと与座のトゥン、玉城の仲栄真にも行く。玉城にもトゥンがあって、そこを与座門中の玉城ウカミが拝んでいたそうだ。これらのトゥンを拝みに行くことを「トゥンイジーする」と呼んでいた。

旧7月

七夕、盆
七夕には門中全員で門中墓に行き、墓掃除をしたりする。13日に盆の迎えがある。13日の晩からウークイをするまではこっちで喜んでくださいというムケーカビ、お迎えするンチャビをする。ムケーカビは古いお墓を持っている人がする。
15日にはウークイがある。ウークイは門中全員でやる。まず午後3時ごろ集まって、ムートゥヤ(アガリー)のウークイをやって、それからナカムトゥ(ユザアラカチ)のウークイをやって、またアザナでもウークイをやる。この3か所は門中でウークイをする。各家庭から1人か2人でて、男の人で15,6歳なって神拝みしている人はみんなでる。線香を持ってあっちこっちうさげる。各家庭は夜になってからゆっくりウークイをする。

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

旧暦七月には七夕、お盆がある。七夕には墓掃除をおこなう。掃除は午前に行い、その後再び重箱にお供え物をもって、お盆の案内を先祖に報告するために七腹アジシー、ヌルバカ、与座ヌシー、マーガジャーのアジシー、自分たちの墓にいく。
 ウンケーはウンケー団子を作り、ウンケーウチカビを燃やす。これは各家それぞれで行い門中集まってするわけではない。ウークイは門中集まってムートゥヤーと長男腹のカミヤーでおこなう。

旧8月

十五夜ウガン
15日に十五夜がある。部落が小さいから部落で村芝居なんかはやらない。その代わりに十五夜ウガンを大々的にやる。公民館に集まって、3時ごろユザントゥンのタキダキ(嶽々)を拝んでから、部落のニーヤ(お宮)を拝んで、最後に部落の4か所(ユッチンバ)をうさげる。

ハチガチヒンガン
14日からヒンガン入りだが、十五夜の日に同じご馳走作るからといって15日にやる人もいるが、十五夜の翌日でもいい。ヒンガンは農作物のウネゲー(お願い)だから、ニンガチヒンガン(2月彼岸)もハチガチヒンガン(8月彼岸)も、重箱を作ってうさげる。夜は夕飯を作ってうさげるから、昼でもいい。2月と同じようにする。ニンガチヒンガンは上月の豊作のウネゲー、また8月から下月になるのでハチガチヒンガンは下月のウネゲー。

旧9月

クンガチウガン
クンガチウガンは、門中でのウガン、部落のウガン、各家庭でのウガンの3回ある。門中(ユザウッチバラ)のウガンは9月18日と決まっている。18日は雨が降ろうが風が吹こうがやる。与座部落のウガンは区長が何日にやろうと決める。部落がうさげたら各家庭が別の日に行く。各家庭は29日までにうさげればよいが、門中より先に拝むことはない。門中はユザントゥン、グンジンさま、クバダキ、マシウッチのカーを拝む。部落も同じところを拝む。各家庭はグンジンさまだけを拝む。各家庭は果物と天ぷらを揚げてうさげに行く。クンガチウガンは子供たちの健康願いが含まれている。ユザントゥンの右側にグンジンさまといって、普天間グンジンと同じ力のある神様がいらっしゃる。ここに、今は鉛筆とクヮッチーだけうさげて、女の子も男の子も「健康でディキヤーナシンショー」といって報告する。これは各家庭でもそうするし、字でもうさげるし、門中でもする。
9月ウガンは大事だという。以前は甲種合格して兵隊に行くときにはこっちのグンジンさまを拝んで、たいがいの人は普天間グンジンまで行っていた。普通はそこらへんの村あたりからもここのグンジンに拝みに来ていた。グンジンには丸い石があるけど、戦争のときにもこの石には弾があたらない、戦車が来てもこの石には触れない、また周りにツタがあるけど、石に少しでも触れたら枯れる、こういう力があると伝えられている。沖縄じゅうのユタになる人はみんな来る。ナグガミからもクンジャンからも。

参照;「具志頭村調査報告書」(沖縄国際大学文学部社会学科小熊ゼミ、No14、2002)

 年間の門中行事の中で、最後になるのが九月ウガンである。三月ウガンと同じ場所を拝んでまわる。またこれは門中行事ではなく、各家々で行われる行事であるが、与座・仲座では子どもが13歳になるまで、九月になると与座ヌトゥンを拝みにいく。このことを十三ブトゥキと呼んだりもする。拝むのはグンジンさまと呼ばれる石像のあった拝所であり、お供え物として魚、天ぷら、豆腐、牛肉などを供えた。豚肉ではなく牛肉であることは興味深い。トゥンでは豚は供えないということであった。新生児の場合は、子供は連れて行かないが、グンジンさまに誕生を報告して、子供を働き者にしたい場合は、薪を束ねたものを供え、学問をさせたければ本を供えたという。女の子の場合は、機織りをさせるために布を供えたりもした。与座のトゥンに行かない人は首里の十二支寺を回る。現在でも各家でおこなわれている。

旧11月
トゥンジージューシー
各家庭でトゥンジーデューシーをやる。トゥンジー(冬至)の日にはデューシーを作ってウガミやる。
旧12月

ウガンブトキ
各チネー(家庭)では、ウガンブトキといって、一か年中ありがとうございましたというチネーでのウガミグァがある。これは各家庭のことで門中ではやらない。屋敷の清めだから、部落では何もやらない。旧の12月23日か24日までにやればよい。旧12月1日から23日までにウガンするのがウガンブトキで、翌24日には火の神に、「一か年中ありがとうございました、今日は天に昇られて一か年の報告やってください」といってお願いする。そして旧暦の年の夜に、また今日は降りてきて下さいというウガンをする。旧正月は明日という年の夜にオリテメンソーレといって、また火の神で拝みいれる。上がるときには白い紙ではしごを作って、火の神にくっつけて、これから上がってくださいといって拝む。最初にウコー12本に3本立てて、あとからはヒトヒラ(1本)だけ立てて、7回これから上がってくださいというお祈りをする。また下りていらっしゃるとき(年の夜)には、橋はしないでただウコーだけで5回拝む。

ムーチーウガン
8日にムーチーウガンがある。ムーチーウガンは部落でやる行事、ユザ(与座)の部落の人たちが集まってタキダキ(嶽々)にうさげる。与座ではそのときに厄払いといって、村の入口出口で坊さんからもらってきたフー札を立てる。これは部落の4ヶ所(ユッチンバ)でおこなわれるが、厄払いあるいは魔除けの意味があるという。ムーチーは新でやるところが多いが、与座の部落はとっても古いということだった。ムーチーウガンには、重箱を作るが豚肉は使わないで牛肉を使う。ムーチーウガンは部落で、男の人がやる。


【フーフダ】


主な年中行事

名称
場所 内容 特記事項


2日 若水
ウビナディ
ミジナディ

ギージャガー
ユームチガー
ソーヌガー
タキンチャガー
ヤフガー
シムガー
ンジャガー
会費の徴収が済むと門中の若い人達10人くらいで行く。
最初にギージャガーを拝み、
竜宮に向かっても拝む。
その後左記7つの井を回り、
それぞれ若水をとる。
正月には門中の行事のための費用として500円ずつ徴収する。
16日 グショーの正月




各家庭で重箱を作って
持って墓に行く
門中でも重箱を作る


15日 ニンガチウマチー
ムートゥヤ(仲座) 仲座にあるムートゥヤ
に行って、拝みをする。
以前はムートゥヤからクディングァへのもてなし(ムトゥーのティデー)があった。
彼岸
入り
から
数日
彼岸
(ヒンガン)


  各家庭で重箱を作って
(普通の家庭は皿で)
お供えする。
日取りは部落が決め、放送で知らせる。


3日 三月三日
浜(ユザヌハマと呼んでいる) 部落全員で浜下りをして、
男たちが竜宮に向かって
お祈りをする。
浜で魚をとって刺身、
汁などを食べる。
以前は三味線もあった。
忌家族は行かない
3月3日は雨が降ろうがこの日にやる、今まで変更したことはない。
18日





サンガチ
ウガン



アガリー
カミヤー(与座新垣)
アザナー
玻名城のトゥン
多々名城
上城
ユザントゥン
以前は門中は18日と
決まっていたが、
今は近い日曜日にやる。
左記嶽々を拝む。
字でもやるが日取りは
部落が決める。
 
不定 清明
(シーミー)





部落からシーミーの
放送があり、
それから各家々で出かける。
浜下りが3月3日で決まっているので、その前日にやることが多い。


4日 港川
ハーリー
    港川のハーリーに参加  
13日 ンチャメー
ウガン

ムートゥヤ(仲座) 午後4時ごろから
ウコールバンを拝む。
各家庭から1人か
2人くるので
ウフザはいっぱいになる。
クディグァはくる場合もあるし、こない場合もある。
15日 五月
ウマチー

ユザントゥン
グンジンさま
クバのウタキ
マシウッチのカー
多々名城
玻名城のトゥン
タマグシクのナケーマ
午前11時ごろタマグシクの
ナケーマを拝み、
それから玻名城のトゥン、
多々名城を拝んで、
午後3時ごろ、
再び集まってユザントゥン
に行く。
タマグシクにだけは
安里ハルさんとヌチガシラ
2名の計3名で行く。
門中にヌチガシラがいてその一ヶ月の行事はその人が担当する。与座に1人、仲座に1人。


15日 六月
カシチー


  夕飯を作ってうさげる 戦前は安里で綱引きがあった


13日
夕方
ショウロウ迎え
ムケーカビ
ンチャビ





門中墓
各門(ジョー)
門中全員で門中墓に行き、
墓掃除をする。
門中で重箱を作って
お祈りをする。
古いお墓を持っている人は
ムケーカビをする。
七夕、お盆
15日 ウークイ




ムートゥヤ(アガリー)
カミヤ(ユザアラカチ)
アザナ
門中ウークイは3時ごろ
集まって左記3ヶ所で
ウークイをする。
各家庭は夜になってから
ウークイをする。


14日
ごろ
ハチガチ
ヒンガン


  2月ヒンガンと同じく、
農作物のお願い。
十五夜の日かその翌日
あたりにやる。
ニンガチヒンガンは上月のウネゲー、ハチガチヒンガンは下月のウネゲー
15日 十五夜
十五夜
ウガン




公民館
ユザントゥン
ユッチンバ
お宮
3時ごろ公民館に集まって
嶽々を拝む。
また部落の4ヶ所
(ユッチンバ)で
お祈りをして、
お宮でもお祈りをする。
 


18日 クンガチ
ウガン








ユザントゥン
グンジンさま
クバのウタキ
マシウッチのカー
門中は18日と決まって
いるが、部落の日取りは
区長が決める。
部落が済むと各家庭が
行くが、門中より先には
拝まない。
各家庭は29日までに
やればよい。
子供の健康願い。
各家庭はグンジンさまだけ。

11
   トゥンジージューシー

  各家庭でトゥンジーには
ジューシーつくって、
拝みをする。
 

12
8日 ムーチー
ウガン

ユザントゥン
ユッチンバ
部落の男性がやる。
部落の4ヶ所にお坊さん
からもらった札を立てる。
魔除け、厄払い。
また嶽々でも拝みをする
 
24日頃
までに
ウガン
ブトキ


火の神 旧暦1日から24日頃までに
ウガンブトキをして、
また旧暦年の夜(31日)に
「降りてきて下さい」と
お祈りをする。
上がる時(ウガンブトキ)は、紙のハシゴを火の神にくっつける。